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7月 11, 2011 at 6:40am
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ニュースの未来 マスメディア以前の時代への回帰 JBpress(日本ビジネスプレス) →

ニュース業界はインターネットに導かれ、マスメディア誕生以前の会話の文化の時代へと戻りつつある。

今から300年前、ニュースは口頭や手紙で伝えられ、酒場やコーヒーハウスでパンフレット、ニュースレター、チラシといった形で広まった。「特にコーヒーハウスは、自由な会話を楽しむために、そして多種多様なニュース印刷物を気安く読むために、非常に適した場所だ」と当時の人が書いている。

すべてが変わったのは1833年のことだ。この時、最初の大衆向け新聞であるニューヨークの「サン」紙が、広告を利用してニュースのコストを下げる方法を開拓した。これで、広告主は広範な読者に宣伝ができるようになった。

当初、米国で最も売れている新聞の発行部数は1日4500部だったが、サン紙は蒸気機関で稼働する印刷機の導入で、まもなく1日の発行部数が1万5000部に達した。

こうした大衆向けの「1ペニー新聞」は、後発のラジオ、テレビとともに、ニュースを双方向の会話から一方向の大量伝達に変え、比較的少数の企業がメディアを支配する状況を生んだ。

だが今、本誌(英エコノミスト)の特集記事が解説するように、ニュース業界はコーヒーハウスに近いものに回帰しつつある。インターネットによってニュースはこれまでよりも直接参加型で、社会的で、多様かつ党派的なものに変容し、マスメディア登場前の談話的な気風が復活している。このことは、社会と政治に深い影響を与えるはずだ。

開拓時代

英紙タイムズ、来春からオンライン版を有料化へ

全世界で見ると新聞発行部数は伸びているが・・・〔AFPBB News

世界の大半の地域ではマスメディアが繁栄している。世界の新聞の総発行部数は、2005年から2009年までに6%増加した。これは、毎日1億1000万部が売られるインドのような国の特に強い需要に支えられたものだ。

だが、そうした世界全体の数字の陰で、先進諸国の読者数は急減している。

過去10年間で、西側諸国全体で新聞離れ、テレビニュース離れが進み、人々は根本的に異なる方法でニュースを知るようになってきた。とりわけ際立つのが、一般の人々がニュースの集積、共有、選別、議論、配布にかかわるようになった点だ。

ツイッターのおかげで、利用者はどこにいても自分が見ているものをリポートできるようになった。無数の機密文書がオンラインで公開されている。

携帯電話で撮影されたアラブの民衆蜂起や米国の竜巻の動画がソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)サイトに投稿され、それがテレビのニュース番組で流される。

日本で地震が起きている最中に撮影された素人ビデオは、ユーチューブ上で1500万回も閲覧された。

「クラウドソーシング(crowdsourcing)」のプロジェクトで集まった読者とジャーナリストが協力し、英国の政治家の費用請求書からサラ・ペイリン氏の電子メールまで、様々な文書を精査している。SNSサイトは、人々がニュースを見つけ、友人と論じ、共有するのに役立っている。

メディア界のエリートに挑戦しているのは読者だけではない。グーグル、フェイスブック、ツイッターなどのハイテク企業も、ニュースの伝達経路として重要な存在になってきた(重要になりすぎたと警戒する声もある)。

米国のバラク・オバマ大統領やベネズエラのウゴ・チャベス大統領をはじめ、各国の指導者や有名人たちもSNSを通じて近況を直接公表している。多くの国が「開かれた政府」の取り組みを通じて生のデータを公開している。

インターネットにより、世界中の新聞やテレビ番組を読んだり見たりできる。英国紙ガーディアンのオンライン読者は今や、英国内よりも国外の方が数が多い。ウェブのおかげで、個人のブロガーからハフィントン・ポストのようなサイトまで、ニュースの新しい送り手がごく短い期間で名を知られるようになった。

ウェブはまた、ウィキリークスが実践しているように、内部告発者に匿名で文書を公表する方法を提供するなど、ジャーナリズムの全く新しいアプローチを可能にした。ニュースで取り上げるトピックスは、もはや、少数の大手報道機関とBBCのような国営メディアによって管理されるものではなくなった。

原則としては、すべての自由主義者はこうした状況を祝福してしかるべきだろう。目覚ましい多様性と広範なニュースソースに裏づけられた直接参加型で社会的なニュース環境は、素晴らしいものだ。

偏った報道を乗り越える個人

かつて世界を解釈するのにヒューストン・クロニクル紙に頼るしかなかったテキサス人は、今や無数のソースから情報を収集できるようになった。

権威主義に頼ってきた世界中の支配者たちは恐怖を募らせている。それを思えば、ジャーナリストのキャリアが不安定になったとしても、それがどうしたというのだ、と言う人は多いだろう。しかしそれでも、懸念すべき大きな問題が2つある。

最初の懸念は、権力を有する者の責任を追及する「アカウンタビリティ・ジャーナリズム」の喪失だ。印刷メディアでは、収益の縮小に伴い、調査報道や地方政治記事の量と質が落ちている。

英紙ニューズ・オブ・ザ・ワールドが最終号、盗聴問題で廃刊

最終号を発行した英日曜大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」のスタッフら〔AFPBB News

しかし、古いスタイルのジャーナリズムも、決してジャーナリストが自負したがるほど道徳的に高潔というわけではなかった。実際、個人の携帯電話に不正アクセスしていた事実が発覚した英紙ニューズ・オブ・ザ・ワールドはまさに伝統的なゴシップ紙だった。

その一方で、インターネットは新しい形の説明責任を生み出している。プロパブリカ、サンライト・ファウンデーション、ウィキリークスのような非営利団体が成長し、監視メディアの衰退によってできたすき間を埋めるのに貢献している。

これはまだ進行中の取り組みだが、現段階の行動と実験のレベルから、楽観的な見通しを持つことができる。

第2の懸念は、党派心と関係がある。マスメディアの時代には、地域を独占する媒体は、読者と広告主に対する魅力を最大化するために、往々にして比較的中立を保つ必要があった。だが、競争が激化する世界においては、人々の偏見を増幅させる場を作るところにカネが生まれるように思われる。

実際、保守系の米有線ニュースチャンネル「フォックス・ニュース」が生み出す利益は、比較的穏健なライバルであるCNNとMSNBCを合わせた利益を上回っている。

党派的に偏ったニュースが入手しやすくなるというのは、一面では歓迎されるべきことだ。これまで、自身の見解を反映した番組を全く観られなかった人も多い。特に右派の米国人は、米国のテレビ局の大半は左寄りだったため、そのような手段を持たなかった。

しかし、ニュースの独断的傾向が強まるにつれ、政治と事実の両面で弊害が生じている。米国の保守派の一部がオバマ大統領が米国外で出生したと主張したり、増税が不可欠だと認めることを拒んだりするのを見れば分かる。

打つべき手が何かあるだろうか? 社会的なレベルでは、それほど多くはない。ニュースビジネスの変容は止められないし、逆戻りさせようと試みても必ず失敗する。だが個人のレベルでは、いくつかの手段でこれらの懸念を和らげることができる。

新しいジャーナリズムの作り手として、個人は事実にきちんと向き合い、情報源を明確にすることができるだろう。またニュースの消費者として、嗜好を幅広く保ち、高い基準を求めることができる。

ニュースビジネスの変容には確かに懸念すべき面はあるが、雑音と多様性と騒々しさと論争とあくどいほどの活力に満ちたインターネット時代のニュースビジネス環境には、祝福すべき多くの要素がある。古き良きコーヒーハウスが帰ってきた。存分に楽しもうではないか。

© 2011 The Economist Newspaper Limited. All rights reserved.英エコノミスト誌の記事は、JBプレスがライセンス契約 に基づき翻訳したものです。
英語の原文記事はwww.economist.comで読むことができます

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